【インタビュー】株式会社鳴海餅本店様

2026.07.17

【概要】

新人研修に伴う企業インタビュー:株式会社 鳴海餅本店

本記事は、2026/06/22-2026/6/26の日程で京都市にて行われた2026年卒の新入社員の新人研修の一環として、京都市のこれからの1000年を紡ぐ企業認定を受けた企業に対し、インタビューを行ったものをまとめたものです。

私は株式会社 鳴海餅本店様を訪問させていただき、インタビューを行わせていただきました。

私自身、和菓子が好きで、地元の和菓子屋に通いつめたり、コンビニなどでよくわらび餅を購入したりしている中で、どのようにこんな日本独自の和菓子文化が発展したのだろうと思い、調べている際に鳴海餅さんの存在を知り、京都で発展した和菓子文化や、去年に創業150年、一昨年に名物の栗赤飯100周年を迎えた老舗のこれまでの歩み、京都という町や人との関わり方、味や素材へのこだわり、これから先に向けての取り組みなどについてお話を伺わせていただきました。(野宮)

話者紹介

・インタビュアー

株式会社ピューズ 2026年度入社 野宮 昊太

・お話を伺った方

株式会社 鳴海餅本店 取締役/営業企画部長 鳴海 力哉様

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画像は鳴海さん()とインタビューの様子()

京都という町との関わり

野宮:京都という土地とどのように関わりながら事業を展開しているのでしょうか。

鳴海さん:名前が鳴海餅ということで、お餅と赤飯とか、あとはもち米を中心に和菓子を取り扱っておりますが、京都で創業が明治の8年ということで、京都ではずっとお祭りや、節目を大切にされる方が多い土地柄ということもあって、そういった方々のご要望にお応えをしながら商売をさせていただいているというような形になりますね。

野宮:ありがとうございます。京都ならではの特徴などはあったりしますか。

鳴海さん:ある意味、餅屋とかお赤飯を扱かっている店というのが存続できているというのがある意味珍しいかなと個人的には思っています。

いわゆる和菓子屋さんというのはどの地方にいても見かけるものかなというふうに思いますが、他県の方からのお話を聞くと、お赤飯と申し上げたら、やっぱりご自身のお家で作られるものというイメージが非常に強いと。京都は平安時代から首都であったということもあり、商工業が非常に発展した土地でもありました。今はもうだいぶ少なくなってきましたが、この西陣エリアでも、機織りをされている方が昔からおり、各お家で何かしかの商売をされている方が非常に多い地域柄でもありましたので、商売をやっているからこそ、そういう節目とか、お祭りごとを大事にされていったという風土があり、その人たちの代わりにお菓子や、お石鹸、お餅を作ってお渡しをするというのが、我々の仕事の根本だと思っています。京都の土地柄、お仕事をされている方が非常に多くて、その代わりとしてお仕事をさせてもらっています。

餅は餅屋って昔から言いますけど、お互いがお互いの領分の中で助け合って生きていくという。そういうビジネスの考え方、またちょっと違ったお商売の方法というものが、ある意味京都らしいのかなと個人的には思います。

野宮:お祭りだと例えばどのように関わっているのでしょうか。

鳴海さん:この時期だと祇園祭があります。祇園祭は鉾が立っているだけではなく、鉾の裏側でたくさんの神事が動いていて、鉾が立っている町会所には神棚があって、そこにお餅をお供えされたり、巡行の時にお祝い事でお赤飯を配り物にされたり、鉾町さんだけじゃなくて、あのエリアに住んでいらっしゃる方が、お祭りだからとお赤飯を配られたり、他のお祭りでも、行列の方のお弁当でうちのお赤飯を使っていただいたり、いろいろな使われ方をされます。あまり表には出てこないものですけど、街の人たちの営みの中に沿った形で使っていただいています。あとは神社さんで神様へのお供え物として使っていただくというシーンもたくさんありますね。

お祭り以外にも京都には和菓子が根付いている文化が多いので、そういった場面で、うちのお菓子を使っていただいています。

和菓子が京都で発展した理由

野宮:和菓子といえば京都というくらい自分の中では京都は和菓子のイメージが強いのですが、なぜここまで発展したのでしょうか

鳴海さん:京都でこれだけ和菓子文化が発展したのには、大きく3つの理由があると思っています。

1つ目は、貴重な「お砂糖」が手に入ったこと。昔はお薬にされたり幕府が管理したりするほどの高級品でしたが、天皇陛下が京都におられたことで、全国から良い素材が集まり、宮中文化として洗練されていきました。

2つ目は、人が集まる場所だったこと。当時から人口が多かったですし、江戸時代になるとお寺巡りの観光客がどっと増えたんですね。その人たちに向けて、お寺の周辺で「門前菓子」を作って売る文化が生まれました。

そして3つ目が、お茶道との結びつきです。京都にはお家元がずっとおられますから、お茶文化が盛り上がるのと足並みを揃えるようにして、その相方であるお菓子も一緒に発展してきたという背景があります。

素材や和菓子へのこだわり

野宮:素材や和菓子へのこだわりについて教えていただいてもよろしいでしょうか。

鳴海さん:まずは餅屋ということで、もち米に関しては非常にこだわりを持って、佐賀県産のヒヨクモチにこだわって仕入れさせていただいています。特徴としては、冷めても固くなりにくいというところがあり、お祭りなどのすぐに食べずに持って帰って食べる、冷えた状態で食べても美味しいものをということで佐賀県産のものを使わせていただいています。

また、小豆も丹波の丹波大納言を中心に国産の小豆を使用しています。

あと、一番こだわっているのは水になります。このあたりは非常に水がきれいで、うちは井戸水を使用しています。水道水で炊く以上に風味も柔らかくなります。

京都の方は非常に舌が肥えているので、そういった細かいところまでこだわって納得していただけるものをお届けしています。

 

アニメや漫画とのコラボ

野宮:御社は漫画やアニメとコラボしていらっしゃいますが、その効果で若いお客さんは増えたのでしょうか。

鳴海さん:アニメとのコラボがきっかけでちょくちょく来ていただくようなお客様もたくさんおられますし、そういった面では新しいお客様と接点を作ることができたなと思います。どのぐらいの年齢層の方が来ているかというのはわからないですが、今まで和菓子に触れてあまり触れる機会がなかった方に、少し距離が遠い存在になりつつある和菓子屋さんに買う体験をしていただけたかなと思います。

最近はコンビニの和菓子もクオリティが高くなっていると感じています。そちらの方身近に感じる世界観の中で、専門店に足を運んで買っていただくという感覚を改めて持っていただくには、まず一回はご来店いただくきっかけを作る事。そういった意味でもアニメとのコラボは非常にいいきっかけをいただいたなと思っています。

野宮:アニメとのコラボはいつ頃から始められたのでしょうか。

鳴海さん:最初は「有頂天家族」という作品だったのですが、それが2017年です。そこから定期的に色々なご縁を頂いています。

こちらが「であいもん」という和菓子屋さんを舞台にした作品で、2020年に弊社の145周年記念に、先生も京都在住の方ということで色々ご縁があってコラボさせていただきました。

野宮:コラボを目当てに海外からのお客さんも来られたりしましたか。

鳴海さん:しました。最近は日本のアニメ海外でも見られるので、台湾の方や韓国の方など、たくさん来られたわけではないが、当時としては珍しく外国人のお客様が来られました。最近では、コラボがきっかけではなくそのあたりを散策している外国人の方もフラっと立ち寄られることが増えました。

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店内にはサイン入りのポスター、色紙がたくさん飾られていた

新商品を作る際の発想

野宮:新商品を作る際はどのような思いで作られているのでしょうか。

鳴海さん:弊社は基本的には誰が提案してもいいルールです。販売からこんな商品を作ってほしいといわれて作ることもあれば、企画ベースで作ることもあります。それこそ、アニメとのコラボは企画ベースで作ります。ただ一つは、美味しいことが大前提で、あとはこれを売りたいという思いと、お客様に楽しんでいただけるかを重要視しています。販売網がそこまで大きくないので、1回で1万個作って残ったら廃棄みたいな商売ではなく、2,30個ずつ毎日作り、お客様からのフィードバックをもらって改善するように開発しています。トライ&エラーを早いスパンで回して、質を確保できていたらそれを一回出す感じが結構多いパターンです。

実際食べていただいて、どういう反応があるかで味は変わっていくものですし、今売っている商品が販売当時と全く同じ味かというと多分違います。時代によって味覚も時代によってその味覚も好みも変わっていきます。

例えば昔は大きい1個でお腹膨れるものが結構人気でした。しかし、今は小さくてちょっと、いろんなものが食べたいというニーズが世の中の大半を占めてくる中で、これでお腹いっぱいになるのはもったいない、このお菓子はこれくらいにしてほかのお菓子も食べたい。という選択肢をとれる時代の流れを汲んでいかないといけないし、固さ、柔らかさなどその時代その時代のニーズにあわせていかないといけないと思います。

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店内にサンプルが置かれていたおはぎケーキ

こちらは常連さんからのリクエストで誕生したそうです

100周年を迎えたナルミの栗赤飯への思い

野宮:一昨年100周年を迎えた栗赤飯への思いを聞かせてください。

鳴海さん2年前に100周年を迎えさせていただいて、特設サイトを作りたかったので、今までの振り返りを込めて色々調べさせてもらって感じたことですが、やはりこの100年間、お客様のご贔屓をいただいて、続けてこられたという、その一言に尽きるのかなと思っています。1つの商品が100年間変わらず愛していただけることはなかなかないことだと思います。この100年の間に戦争があり、コロナがあり、なくなる可能性のあるタイミングはたくさんありましたが、その中でもナルミさんの栗赤飯が美味しいから。ただこの理由だけで続けてこられました。ただただ感謝しかないですし、おかげさまで秋の風物詩というように皆さんに言っていただけるようになりました。これからもこの風物詩を変わらずお客様に提供していけるようにただただ努力あるのみだと思っています。

野宮:コロナの際や他の際に厳しい時期はありましたか。

鳴海さん:コロナの時期は観光客向けのお店ではないので、ほかの業者さんと比べると影響は小さかったと思いますが、百貨店の店舗は大きく影響を受けました。

他には米騒動の際なども厳しかったですが、本当の意味できびしかったのは戦争の時だと思います。
大東亜戦争時に、さまざまな物資が国の統制下に入る中で、生菓子店は強制的に廃業となった歴史があります。廃業から復興には10年ほどの時間を要したのですが、相当の熱意や気概がなければ難しいことだったろうと思います。先代の何とか店を戻そうという熱意と地元のお客様が待っていてくださったことが原動力となり、乗り越えることができたのだろうと思います。

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栗赤飯は秋限定だが、お店には赤飯のお弁当が販売されていた

新入社員の際に苦労したこと

野宮:ご自身も新入社員の頃もあったと思います。その際に苦労したことってありますか。

鳴海さん:私はこの会社に入る前は別の会社に勤めていて、その時は何をしたらいいのか分からなくて苦労しました。今はどの会社も、教育環境が整っていることと思いますが、まだどちらかというと自分で聞きにいかないと深くは教えてもらえないという空気感はありました。学生気分が抜けない新入1年目はその辺が少し大変でしたが、一方で聞きに行くことや教えてもらう姿勢を学ぶことができたので、結果的には良かったと思っています。

野宮:御社に入社してから苦労したことはありますか。

鳴海さん:朝が早いことですね。前の会社の時は9~17時だったので8時に起きていましたが、この仕事になると年末のお餅の季節は1時、早いときは0時からスタートしています。家業でずっと見てきたことなので疑問に思うことはありませんが、体が慣れるまではなかなか大変でした。ただ、仕事自体はどういうものかわかっているので、新入社員で入ってくる方よりは苦労はあまり感じませんでした。

 

家訓や、受け継がれてきた教え

野宮:家訓や、受け継がれてきた教えなどはありますか?

鳴海さんあまり家訓みたいなものはないですが、「まずはお客さんのために、次に従業員のために何ができるか考える。最後、自分の生活をする」ということは言われました。また、両親には幼いころから「お店で働いてくれる人がいるから、生活できてるんやで」とずっと言われてきました。その通りだと思います。

私がこの世界に入ったのは、家業だったからというのはもちろんですが、「育ててくれた京都の町に、どう恩返しができるか」と考えた時、一番しっくりきたのがこの仕事でした。

今の京都を見ていると、本物の文化が、どこか上辺だけの“京都風”なものに置き換わっているような危機感があります。神社仏閣のような目立つものはビジネスになりやすいですが、それを下支えしている私たちのような「どこにでもある、普段の仕事」の担い手が減っている。ここが途絶えてしまうと、本当の京都の文化が途切れてしまいます。

だからこそ、どうやってこの商売を続けていくかが課題です。現代は美味しいものが溢れていて、私自身スナック菓子も食べます(笑)。そんな中で、まずは若い人や新しい人に「和菓子って面白いな、興味深いな」と思ってもらうこと。そして「今日は和菓子を食べてみよう」と選んでもらえるようにしていくのが、私たちのこれからの仕事だと思っています。

やりがい

野宮:このお仕事のやりがいを教えてください。

鳴海さん:一つは、お客様と対面でできるお仕事なので、リアクションがリアルに返ってくるのは楽しいですね。あとは、京都の文化のある意味一翼を担っている点ですね。特にうちはお祭りで使っていただくことだったり、料理屋さんなんかでお餅とかお赤飯とか使っていただいたりことが多く、京都の表層の部分、京都風なところの根っこのところに付け加えていただけているお仕事なので、京都の生活の一部を担っている感覚が、僕自身は一番のやりがいかなと思っています。 

あとは町の人と一緒に歩んでいけるっていう、仕事にリアリティがあるところみたいなところが、一番のやりがいかなと思います。

野宮:この仕事を続けていてよかったと感じることはありますか。

鳴海さん:やはり、この仕事を通して多様な方々と出会えたことです。例えばアニメとのコラボレーションなどは、この仕事でなければ関わることができなかった案件ですし、人生においても印象深い経験をさせていただいています。 

以前の職場で「どんな仕事も誰かの役に立っている」と教わったことがあるのですが、その言葉は今でも大切にしています。日々の業務一つひとつが、巡り巡って誰かの役に立っていると実感できることは、仕事を続けていく上での大きな糧になっています。

【所感】

今回の異業種である鳴海餅本店様への企業訪問で感じたことは、地元、京都との支えあいの精神、150年です。特に戦後の復興、また、互いの仕事を補い合う餅は餅屋の考え方は京都の町ならではだなと思いました。また、京都の町の和菓子の発展や、和菓子ケーキなど興味深いものをたくさん見たり聞いたりさせていただきました。また、帰りにいくつか和菓子を買わせていただきましたが、特におはぎが美味しかったです。お米や小豆へのこだわりを感じました。次回訪れた際にはぜひ栗赤飯を食べたいと思っています。1000年先もこの味を私たちの子孫が食べられることを願っています。(野宮)

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帰り際に購入したおはぎ

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